実は続きがあった有名な言葉20選|「安全第一」の後には何が続く?由来と原文まで徹底解説

実は続きがあった有名な言葉20選|「安全第一」の後には何が続く?由来と原文まで徹底解説

工事現場の看板でおなじみの「安全第一」。この四文字、実は文章の途中で切られた”前半だけ”だと聞いたら驚くでしょうか。本来は三つの言葉が並んだスローガンで、二番目と三番目まで含めて初めて意味が完結します。
同じように、学校で習ったことわざや偉人の名言にも、後半が省略されたまま定着したものが数多く存在します。しかも続きを知ると、意味そのものがひっくり返る例まであるのです。
この記事では、出典が確認できるものを中心に、続きのある言葉を整理しました。
あわせて「ネットで広まっているが、実は後世の創作らしい」ものにも触れています。真偽の怪しい”続き”が善意で拡散されている現状もあるため、そこは正直にお伝えします。

まずは一覧表で全体像をつかむ

細かい解説の前に、本記事で扱う言葉を一覧にしました。「聞いたことがある」と「続きまで知っている」の差を確かめてみてください。

よく知られている部分実は続く言葉出典・成立
安全第一品質第二、生産第三1906年 USスチール社
情けは人の為ならず巡り巡って己が為『曾我物語』ほか
井の中の蛙大海を知らずされど空の青さを知る続きは日本での後付け
天は人の上に人を造らずと言えり(=伝聞の引用)福沢諭吉『学問のすゝめ』
桃栗三年柿八年梅は酸い酸い十三年(地域差あり)江戸期以降の俗諺
一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭『俚言集覧』
良薬は口に苦し忠言は耳に逆らえども行いに利あり『孔子家語』
少年老い易く学成り難し一寸の光陰軽んずべからず「偶成」(朱熹作とされてきた)
彼を知り己を知れば百戦殆うからず彼を知らずして己を知るは一勝一負す『孫子』謀攻篇
先んずれば人を制す後るれば則ち人の制する所と為る『史記』項羽本紀
早起きは三文の徳長寝は三百の損対句として伝承
起きて半畳寝て一畳天下取っても二合半18世紀頃の俗諺
孝行のしたい時分に親はなしさればとて石に布団も着せられず江戸期の川柳
男は度胸女は愛敬、坊主はお経韻を踏んだ言葉遊び
酒は百薬の長されど万の病は酒よりこそ起れ『徒然草』第175段
子供は風の子大人は火の子『醒睡笑』
なせば成るなさねば成らぬ何事も、成らぬは人のなさぬなりけり上杉鷹山の和歌
ペンは剣よりも強し(前に)真に偉大な人物の統治のもとではブルワー=リットン『リシュリュー』
時は金なり信用も金なり、金は繁殖する性質を持つフランクリン『若き商人への手紙』
初心忘るべからず時々の初心、老後の初心も忘るべからず世阿弥『花鏡』
Boys, be ambitiouslike this old man(諸説あり)明治27年の記録が初出
三十六計逃げるに如かず※続きではなく「三十五の計を尽くした後」の話『南斉書』
百聞は一見に如かず百見は一考に如かず…(出所不明の後付け)続きは近年の創作の可能性大

ここから一つずつ、背景まで掘り下げていきます。

【1】安全第一 → 品質第二、生産第三

もっとも意外性が大きいのが、この標語でしょう。

生まれたのは1906年のアメリカ。鉄鋼大手USスチール社の社長エルバート・ヘンリー・ゲーリーが、経営方針を「Safety First(安全第一)」に切り替えました。それ以前の同社が掲げていた優先順位は「生産第一、品質第二、安全第三」。つまり、三つの言葉の順番を丸ごと入れ替えたのが、この標語の正体です。

当時の製鉄所は労働災害が絶えませんでした。溶けた鉄を扱う現場で、生産量を最優先にすればどうなるか——結果は想像に難くありません。敬虔なキリスト教徒だったゲーリーは、労働者が傷つく状況を看過できなかったと伝えられています。

興味深いのは、その後の経過です。安全を最上位に置いた結果、災害が減っただけでなく、品質も生産性も向上しました。「安全のために生産を犠牲にする」のではなく、「安全を守る職場だからこそ良いものが作れる」という発想の転換だったわけです。

日本には大正時代に伝わり、現在も現場の看板に残っています。ただし後半二つはほとんど伝わりませんでした。「第一」があるなら第二・第三があるはず、と考えてみると、確かに不自然な省略ですね。

【2】情けは人の為ならず → 巡り巡って己が為

誤解率の高さで知られる代表格です。

「情けをかけるのは、その人のためにならない」と受け取ってしまう人は少なくありません。文化庁の「国語に関する世論調査」でも、本来と異なる意味で理解している層が一定数いる結果が繰り返し出ています。

正しくは「人にかけた情けは、その人のためだけではない」。回り回って自分に返ってくるのだから、誰にでも親切にしなさい、という教えです。この読み方を明確にしてくれるのが、続く「巡り巡って己が為」というフレーズ。ここまでセットで唱えれば、誤読の余地はほぼなくなります。

古い用例としては『曾我物語』が挙げられます。「ならず」という古語の否定が「人の為に”ならない”」と読めてしまうところに、混乱の原因がありました。

【3】井の中の蛙大海を知らず → されど空の青さを知る

こちらは注意が必要な一例です。

前半は中国の思想書『荘子』秋水篇に由来します。井戸の中の蛙に海のことを語っても通じない、という文脈で、視野の狭さを戒める言葉でした。

一方の「されど空の青さを知る」は、中国の原典には見当たりません。日本で付け加えられた後付けの一句とされています。狭い世界にいるからこそ、その一点を深く知ることができる——原典とは正反対の、肯定的な意味へ反転させた表現です。

「後世の創作だから価値がない」とは言い切れません。井戸の底から見上げる空が、切り取られているぶん鮮やかに見える。そんな情景が浮かぶ、よくできた一句だと思います。ただ、由来を語るときは「原典にある言葉」と「日本で加えられた言葉」を区別しておきたいところです。

派生形として「されど天の高さを知る」「されど井戸の深さを知る」なども流通しています。バリエーションが複数ある事実自体が、後付けである証拠のひとつでしょう。

【4】天は人の上に人を造らず → 「と言えり」がポイント

福沢諭吉『学問のすゝめ』の冒頭は、実は少し違う読み方をすべき箇所です。

原文はこうです。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。

末尾の「と言えり」に注目してください。これは「〜と言われている」という伝聞の形。福沢自身の主張の宣言ではなく、引用から書き起こしているのです。

さらに文章は続きます。人は生まれながらに貴賤上下の差はないはずなのに、現実を見渡すと賢い人と愚かな人、豊かな人と貧しい人がいる。その差はどこから生まれるのか——答えは「学ぶか学ばないか」だ、と展開していきます。

つまり冒頭の一文は結論ではなく、議論の出発点。平等をうたった名文句として単独で引用されがちですが、本題は「だから学問をしよう」という勧めのほうにあります。タイトルが『学問のすゝめ』である以上、当然といえば当然ですね。

【5】桃栗三年柿八年 → 続きは地域でバラバラ

苗を植えてから実がなるまでの年数を並べたことわざ。物事には相応の時間がかかる、という教えです。

続きは複数のパターンが伝わっています。

続きの型内容
代表的な形梅は酸い酸い十三年
柚子入りの形柚子は九年で花盛り
枇杷入りの形枇杷は九年でなりかねる
梨を加えた形梨はゆるゆる十五年
俗な言い回し柚子の大馬鹿十八年

地域や語り手によって組み合わせが変わり、「これが正解」と一本化できません。口承のことわざらしい広がり方です。

なお実際の栽培では、柚子は接ぎ木すれば数年で結実します。「十八年」は種から育てた場合の感覚に近い数字でしょう。

【6】一富士二鷹三茄子 → 四扇五煙草六座頭

初夢に見ると縁起がよいものの順位。江戸時代に生まれた言葉で、四番目以降まで存在します。

四が扇、五が煙草、六が座頭。それぞれ次のような理由が語られています。

扇は末広がりの形から、子孫繁栄や商売繁盛の象徴。煙草は煙が上へ立ちのぼる様子が運気上昇を連想させます。座頭は琵琶や按摩を生業とした剃髪の盲人で、「毛がない」と「怪我がない」をかけた語呂合わせです。

国立国会図書館のレファレンス事例によれば、四以降は『俚言集覧』の自筆本で欄外に書かれており、後から付け足されたと推測されています。三までと四以降では、成立の時期にずれがあるようです。

ちなみに「十まである」という説も流布していますが、七以降は資料によって内容が一定せず、確たる根拠は見つかりません。

【7】良薬は口に苦し → 忠言は耳に逆らえども行いに利あり

『孔子家語』が出典で、原文は対句になっています。

孔子曰く、良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言は耳に逆らえども行いに利あり

前半だけだと「効く薬は苦い」という一般論で終わってしまいます。孔子が本当に言いたかったのは後半でした。心からの忠告は聞いていて耳が痛いけれど、その通りにすれば行いが改まる、と。

薬の話は、あくまで導入のたとえだったわけです。上司や先輩からの耳の痛い指摘を思い出しながら読むと、二千年以上前の言葉が急に生々しく感じられませんか。

【8】少年老い易く学成り難し → 一寸の光陰軽んずべからず

こちらは「一寸の光陰軽んずべからず」までなら知っている人も多いはず。実はさらに続きがあります。

少年老い易く 学成り難し 一寸の光陰 軽んず可からず 未だ覚めず池塘 春草の夢 階前の梧葉 已に秋声

三行目以降を訳すと、「池の堤の春草の夢からまだ覚めないうちに、階段の前の桐の葉はもう秋の音を立てている」となります。春の夢に浸っているうちに、季節は秋へ移ってしまった——時の速さを情景で描いた見事な締めくくりです。

長く朱熹(朱子)の作「偶成」とされてきましたが、近年の研究では作者について疑問も提示されています。日本で広く親しまれてきた漢詩である点は変わりません。

【9】彼を知り己を知れば百戦殆うからず → 三段構えだった

『孫子』謀攻篇の一節。原文は三つのケースを並べた構成です。

彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず。 彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。 彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。

敵と自分の両方を把握していれば危険はない。自分だけしか分かっていなければ勝率は五割。どちらも分かっていなければ、戦うたびに危うい——という段階論です。

もうひとつ押さえておきたいのが「殆うからず」の訳。これは「必ず勝つ」ではなく「危険がない」の意味です。孫子は謀攻篇全体を通じて、戦わずに勝つことを最上としています。情報を集めるのは連戦連勝するためではなく、負けない状況を作るため。ここを取り違えると、まるで逆の教訓になってしまいます。

【10】先んずれば人を制す → 後るれば則ち人の制する所と為る

『史記』項羽本紀にある殷通という人物の言葉です。

先んずれば則ち人を制し、後るれば則ち人の制する所と為る

先手を打てば相手を抑えられるが、後手に回れば相手に抑えられる。前半だけだと「早い者勝ち」という程度の教訓ですが、後半が付くと、遅れることの代償まで明示した緊張感のある言葉に変わります。

秦末の混乱期、挙兵のタイミングを論じた場面で発せられました。実際に殷通はこの直後、機を逃して項羽らに討たれています。自らの言葉を証明してしまった、皮肉な結末でした。

【11】早起きは三文の徳 → 長寝は三百の損

早起きの利益はわずか三文。それに対し、寝坊の損失は三百——百倍の開きがあるという対句です。

三文は江戸時代の貨幣単位で、ごく少額を指します。「たった三文か」と思うところですが、そこがこのことわざの妙味。得は小さくても、失うものは大きい。損得を非対称に描くことで、寝坊への戒めを強めているわけです。

なお表記は「得」と「徳」の両方が使われます。新聞では「徳」に統一している社が多いようです。

【12】起きて半畳寝て一畳 → 天下取っても二合半

人ひとりが座るのに必要なのは半畳、横になっても一畳。では、天下を取ったらどうなるか——答えは「二合半」です。

二合半とは、一日に食べる米の量。どれほど権力を握ろうと、身体ひとつが占める空間と食べられる量は変わらない。だから必要以上に富や地位を求めるな、という戒めになっています。

18世紀頃の俗諺とされ、織田信長や豊臣秀吉の言葉として語られることもありますが、確たる裏付けはありません。「立って半畳」「座って半畳」など、冒頭の言い回しにも揺れがあります。

【13】孝行のしたい時分に親はなし → さればとて石に布団も着せられず

江戸時代の川柳から生まれた言葉です。

親孝行をしたいと思えるようになった頃には、もう親はいない。そうかといって、墓石に布団を掛けてやることもできない——「石」は墓石を指します。

前半だけでも切ないのですが、後半の具体的な情景が加わると、悔いの深さが一段と迫ってきます。冷たい石に布団をかけるという、してあげたくてもできない行為。抽象的な後悔ではなく、手を伸ばしても届かない距離が描かれています。

小津安二郎の『東京物語』でも、この言葉が印象的に使われました。

【14】男は度胸、女は愛敬 → 坊主はお経

「きょう」の音で韻を踏んだ言葉遊びです。三つ目が「坊主はお経」。

意味を深読みするような言葉ではなく、リズムの面白さで成立しています。男女の役割を固定的に語る点は現代の感覚と合いませんが、そこに脈絡のない「坊主」が飛び込んでくる構造は、落語的な軽さを感じさせます。

言葉遊びとしての性格が強いため、「花はさくら木」「医者は玄関」など、さらに続けるバリエーションも各地に伝わっています。

【15】酒は百薬の長 → されど万の病は酒よりこそ起れ

この続きは、酒好きにはやや耳が痛いところ。

『徒然草』第175段で、兼好法師はこう書いています。

百薬の長とはいへど、万の病は酒よりこそ起れ

「酒は百薬の長」自体は『漢書』食貨志に由来する古い表現ですが、兼好はそれを引用したうえで即座に否定しました。第175段は酔っ払いの醜態を延々と描写した段で、全体としては明確な酒批判になっています。

現代の医学研究でも、少量飲酒の健康効果については見直しが進み、リスクを認める見解が主流になりつつあります。700年前の兼好の観察が、結果的に現代の知見に近かったことになります。

【16】子供は風の子 → 大人は火の子

寒い日でも外を走り回る子供に対し、大人は火のそばから離れない。江戸時代の笑話集『醒睡笑』にさかのぼる対句です。

子供を褒める言葉としてだけ使われがちですが、後半は大人の側の自嘲。「子供は元気でいいね」と言いながら、自分は暖房の前を動かない——その正直さに、思わず笑ってしまいます。

【17】なせば成る → 全体は一首の和歌

米沢藩主・上杉鷹山が詠んだ和歌です。全体はこうなります。

なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり

前半だけだと単なる精神論に聞こえますが、和歌全体は論理的な構造を持っています。やればできる、やらなければできない、それはどんなことでも同じ。できないのは、その人がやらないからだ——同じ動詞を四度繰り返し、逃げ道を塞いでいく畳みかけです。

この歌は、家督を譲る際に藩主となる者への訓戒として詠まれたと伝えられています。破綻寸前だった米沢藩の財政を立て直した人物の言葉と考えると、重みが違います。

なお、似た趣旨の歌は武田信玄のものとしても伝わっており、鷹山が先行の歌を踏まえた可能性も指摘されています。

【18】ペンは剣よりも強し → 続きではなく「前」がある

これは珍しいパターンで、省略されているのは後ろではなく前です。

イギリスの作家ブルワー=リットンの戯曲『リシュリュー』(1839年)の台詞。

Beneath the rule of men entirely great, The pen is mightier than the sword.

訳すと「真に偉大な人物が統治するもとでは、ペンは剣よりも強し」。つまり無条件の宣言ではなく、条件付きの命題でした。優れた統治者がいる社会でこそ、言論が武力に勝る、という限定がかかっています。

言論の力を無条件に讃える標語として使われることが多い一方、原文は「そうでない社会もある」という含みを持っていました。前提を外して引用すると、意味が変わってしまう好例です。

【19】時は金なり → 信用も金なり

ベンジャミン・フランクリンが1748年に書いた『若き商人への手紙』の一節。原文では格言が連続します。

Remember that time is money.(時は金であることを忘れるな) Remember that credit is money.(信用も金であることを忘れるな) Remember that money is of a prolific generating nature.(金は増える性質を持つことを忘れるな)

三つ並べて初めて、フランクリンの伝えたかった商売論の骨格が見えてきます。時間・信用・複利。若い商人に向けた、きわめて実務的な助言でした。

「時は金なり」だけを取り出すと「時間を無駄にするな」という道徳訓に聞こえますが、原文の文脈はもっと計算高いものです。一日に10シリング稼げる人が半日遊べば、使った金だけでなく稼げたはずの5シリングも失っている——今でいう機会費用の説明を、フランクリンは具体例で示しています。

【20】初心忘るべからず → 初心は三種類ある

世阿弥が『花鏡』で説いた言葉。一般には「始めた頃の謙虚な気持ちを忘れるな」と理解されていますが、原文はもっと構造的です。

世阿弥は三つの初心を挙げました。

是非の初心を忘るべからず——若い頃の未熟さや失敗の記憶を忘れるな。

時々の初心を忘るべからず——年齢や段階ごとに、その時々の新しい芸への挑戦がある。それを忘れるな。

老後の初心を忘るべからず——老いてなお、その年齢にふさわしい未経験の芸がある。それを学べ。

ここでの「初心」は「初めての心」ではなく、「初めて経験すること」に近い意味。過去を懐かしむ言葉ではなく、生涯にわたって未熟である自覚を持ち続けよ、という厳しい要求です。60代で書かれた文章だと知ると、言葉の重さがまた変わってきます。

【21】Boys, be ambitious → 続きは決着していない

クラーク博士が札幌農学校を去る際に発したとされる言葉。続きについては、大きく二つの説があります。

ひとつは「in this old man(この老人のように)」。もうひとつは「Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement…(金銭や私欲のためではなく、人間として当然備えるべきものすべてを成し遂げるために)」という長文です。

ところが北海道大学附属図書館が調査結果を公開しており、そこでの見解はかなり慎重です。長文のほうは1964年の朝日新聞「天声人語」で紹介されて広まりましたが、たどっていくと大正期の辞典の記述に行き着き、そこでは「クラークの意図する内容」として書かれていたものが、いつしか本人の発言として扱われるようになった経緯が指摘されています。

「like this old man」のほうは、明治27年に予科生徒の安東幾三郎が学芸会機関誌『恵林』に書いた文章が記録上の初出。ただし同館は、当時50歳を少し過ぎたばかりのクラークが自分を「old man」と呼ぶだろうか、と疑問も添えています。

さらに興味深いのは、この言葉自体が明治中頃まで農学校内でもあまり知られていなかった、という指摘。第二期生の内村鑑三ですら、クラーク死去の翌月に寄稿した英文で島松の別れに触れながら、この言葉には言及していません。「Boys, be ambitious」が特別な意味を帯びたのは、学校が地位を確立し、学生に誇りが育った後のことだったようです。

続きが何だったのかを断定する材料は、今のところありません。

続きがあるように語られるが、根拠が乏しいもの

ここからは扱いに注意したい例です。「続きがある」と紹介されていても、出所をたどると根拠が見つからないケースがあります。

百聞は一見に如かず

ネット上でよく見かけるのが、次の続きです。

百見は一考に如かず/百考は一行に如かず/百行は一果(効)に如かず/百果は一幸に如かず/百幸は一皇に如かず

『漢書』趙充国伝が出典と説明されることもありますが、原典にこの続きはありません。原文は「百聞は一見に如かず、兵は遙かにして度り難し」と続き、辺境の情勢は遠くからでは測りがたいので現地へ行かせてほしい、という上奏の文脈です。

この続きの出所を追跡した調査記事によれば、ネット上で確認できる最古の例は2005年頃、「百幸は一皇に如かず」まで揃った形は2011年頃までしかさかのぼれないとのこと。さらに「考・行・効・幸・皇」が韻を踏むのは日本語で読んだ場合だけで、中国語では韻が合わないという指摘もあります。日本で近年作られた可能性が高いと見てよさそうです。

言葉として味わうぶんには自由ですが、「古典に由来する」という説明を付けて紹介するのは避けたいところです。

三十六計逃げるに如かず

「続き」ではなく、意味の誤解に関する例です。

『南斉書』王敬則伝の「檀公三十六策、走ぐるは是れ上計なり」が語源。ここでの「三十六計」は「三十六種類の計略」を指し、逃げることは最後の第三十六計にあたります。

つまり「困ったらすぐ逃げろ」ではありません。三十五通りの策を検討し尽くし、それでも勝ち目がないと判断したときの最終手段。前提となる「三十五の努力」が省略されているために、安易な逃走の口実として使われがちな言葉です。

「地球は青かった、しかし神はいなかった」

ガガーリンの発言として有名ですが、これは後半が別人の言葉と混同された可能性が高いものです。

「神はいなかった」については、同じソ連の宇宙飛行士ゲルマン・チトフがアメリカでの講演で述べた「神は見当たらなかった」という趣旨の発言が元になっているという説が有力視されています。当時の反宗教キャンペーンの文脈で流布した面もあり、ガガーリン本人の言葉として確認できる記録は乏しいのが現状です。

なお「地球は青かった」という表現自体、日本では定着していますが、欧米ではさほど知られていません。1961年4月13日付の毎日新聞は「空は非常に暗かったが、地球は薄青色だった」と報じており、日本語として整えられた過程で今の形になったと考えられます。

なぜ言葉は「前半だけ」で残るのか

ここまで見てくると、ある共通点に気づきます。省略されるのは、たいてい後半なのです。

理由はいくつか考えられます。まず単純に、短いほうが覚えやすく、口に乗りやすい。「安全第一」は四文字で言い切れますが、「安全第一品質第二生産第三」では看板に収まりません。

もうひとつは、前半だけでも一応意味が通ってしまうこと。「情けは人の為ならず」は、誤読ではあるものの文として成立します。だからこそ、後半が失われても違和感なく生き延びてしまいました。

そして三つ目に、前半のほうが力強いという事情。「ペンは剣よりも強し」は断言だから響くのであって、「真に偉大な人物の統治のもとでは」という条件節は、キャッチコピーとしては邪魔になります。

言葉は流通する過程で、伝わりやすい形へ削られていく。その代償として、元の意味の一部が落ちてしまう。今回並べた例は、そうした変形の記録でもあります。

使うときに気をつけたいこと

続きを知ったら、さっそく披露したくなるかもしれません。ただ、いくつか注意点があります。

出典の有無を区別しておくと安心です。『孫子』や『徒然草』のように原典が特定できるものと、「されど空の青さを知る」のように後世の付け足しとされるものでは、語るときの言い方を変えたほうがよいでしょう。「原典にはこうあります」と「日本ではこう続ける言い方もあります」は別の話です。

また、続きを知っていることを人前で強調しすぎると、相手の話を遮る形になりかねません。会話の中で「実はそれ、続きがあってね」と割り込むと、場の空気を止めてしまう場面もあります。雑談のネタとして楽しむくらいが、ちょうどよい距離感かもしれません。

おわりに

言葉の続きを追いかけていくと、意外な発見に行き当たります。安全第一が経営判断の記録だったこと、初心忘るべからずが老人の自戒だったこと、Boys, be ambitiousの真相が今も未確定であること。

なかでも印象的なのは、「百聞は一見に如かず」の続きをめぐる話でした。「百見は一考に如かず」——よく考えなさい、と説く言葉が、誰も出所を考えないまま拡散していく。皮肉といえば、これほど皮肉な例もそうありません。

続きを知ることの面白さは、雑学の引き出しが増えることだけではないと思います。省略された部分に何が書かれていたのかを確かめる作業は、その言葉が生まれた場所へ一歩近づくことでもある。今回紹介した中に気になるものがあれば、ぜひ原典にあたってみてください。訳文の向こうに、また別の発見が待っているはずです。

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