
沖縄県の与那国島には、海の青さや日本最西端の碑だけでは語りきれない場所があります。島の西側、久部良地区に残る「久部良割」です。
読み方は「くぶらばり」。漢字だけを見ると「くぶらわり」と読みたくなりますが、観光案内では「久部良バリ」とカタカナで書かれることもあります。久部良という地名に、割れ目を意味する「割」が重なった呼び名です。
久部良割は、岩盤に大きな裂け目が走る自然地形です。観光案内では、幅は数メートル、深さは人の背丈を大きく超えるほどと説明されることが多く、現地に立つと足元の地面がぱっくり開いたように見えます。
ただし、ここは単なる奇岩や絶景スポットではありません。久部良割は、かつて先島諸島で課されていた「人頭税」と結びついた、悲しい伝承の場所として知られています。妊婦にこの割れ目を飛び越えさせた、という話が伝わっているためです。
この記事では、久部良割の読み方、場所、歴史、人頭税との関係、観光で訪れる際の注意点まで詳しく紹介します。怖い話として消費するのではなく、与那国島の歴史を知る入口として読んでみてください。
久部良割の読み方は「くぶらばり」
「久部良割」は、一般的に くぶらばり と読みます。
「久部良」は与那国島西部の地名です。久部良港がある地区として知られ、カジキ漁の拠点としても有名です。一方、「割」は標準語では「わり」と読みますが、この場所の名称では「バリ」と読まれます。そのため、観光パンフレットや案内板では「久部良バリ」と表記されることもあります。
検索では「久部良割」「久部良バリ」の両方が使われています。記事や旅行計画で調べる場合は、両方の表記を覚えておくと情報を見つけやすくなります。
久部良割はどこにある?
久部良割があるのは、沖縄県八重山郡与那国町の久部良地区です。与那国島は日本最西端の有人島で、石垣島からさらに西へ進んだ場所にあります。台湾までは約110キロと近く、天候がよい日には島の西側から台湾方面を望めることもあります。
久部良割は、島の西側にある久部良集落や久部良港の近くに位置します。与那国観光でよく訪れられる「西崎」、つまり日本最西端の碑がある岬からも比較的近い場所です。
与那国空港からは、車でおおむね10分前後が目安です。ただし、島内の道路事情や立ち寄り先によって所要時間は変わります。公共交通は本数が限られるため、旅行者はレンタカー、レンタバイク、タクシーを利用することが多いです。
久部良割そのものは、大きな観光施設のように整備された場所ではありません。売店や広い駐車場があるタイプのスポットではないため、現地では周囲の交通や民家、畑などに配慮して見学しましょう。
久部良割はどんな場所なのか
久部良割は、地面に鋭く走る岩の裂け目です。観光案内では、幅約3.5メートル、深さ約7メートル前後と紹介されることが多く、実際に見ると数字以上の迫力があります。
与那国島には、荒々しい海岸線や断崖、起伏のある地形が多く残っています。久部良割も、その島の自然がつくった地形のひとつと考えられます。
ただ、現地で感じる印象は「絶景」というよりも「緊張感」に近いかもしれません。深い裂け目をのぞき込むと、落ちたらただでは済まないことがすぐに分かります。足元が不安定な場所もあるため、観光で訪れる場合は、裂け目の縁に近づきすぎないことが大切です。
特に、雨の日や風の強い日は注意が必要です。与那国島は風が強い日も多く、海沿いでは思った以上に体があおられることがあります。写真を撮るときも、足元を確認してから立ち位置を決めるようにしましょう。
久部良割に伝わる妊婦の伝承
久部良割が広く知られている理由は、人頭税にまつわる伝承です。
伝えられている内容は、次のようなものです。
かつて先島諸島では、人頭税という重い税が課されていました。貧しい暮らしのなかで税の負担に苦しんだ人々は、人口を増やさないため、妊婦を久部良割に集め、この裂け目を飛び越えさせたといわれています。飛び越えられなかった女性は裂け目に落ち、たとえ飛び越えられたとしても、その衝撃で流産することがあった、という悲しい話です。
この伝承だけを読むと、あまりに残酷で言葉を失います。しかし、ここで大切なのは、話の受け止め方です。
久部良割の妊婦伝承は、観光案内や地域の語りの中で紹介されてきました。一方で、いつ、どのくらいの規模で、制度として行われたのかを示す確実な史料については、慎重に扱う必要があります。
つまり、久部良割について書くときは、
「人頭税が先島諸島で長く続いたこと」は史実として押さえ、
「妊婦を飛ばせた話」は地域に伝わる伝承として紹介する、
という切り分けが欠かせません。
断定的に「ここで何人が命を落とした」と書かれた記事を見かけることがありますが、具体的な人数を裏づける資料は簡単には確認できません。久部良割を語るなら、数字や刺激的な表現で盛るのではなく、伝承が残った背景を丁寧に見るほうが、場所の重みは伝わります。
人頭税とは何だったのか
久部良割を理解するには、人頭税を避けて通れません。
人頭税とは、簡単に言えば、人を単位として課される税です。先島諸島、つまり宮古・八重山地域では、近世から明治期にかけて、人頭税が長く続きました。一般に、1637年から1903年まで続いたと説明されます。
対象となったのは、一定の年齢に達した男女です。男性には穀物など、女性には織物などの貢納が求められました。特に女性に課された織物づくりは、日々の暮らしの中で大きな負担になったとされています。
人頭税という言葉だけを聞くと、単純に「人数分の税金」と考えてしまいます。しかし、当時の離島で暮らす人々にとって、税は生活全体にのしかかるものでした。農作物の収穫は天候に左右されます。台風や干ばつがあれば、食べる分を確保するだけでも苦しくなります。それでも税は求められる。島の外へ簡単に移動できる時代でもありません。
与那国島は、先島の中でもさらに西にある島です。行政の中心から離れ、物資や情報の行き来にも時間がかかりました。医療や食料事情も、現在とはまったく違います。人頭税の負担は、税そのものだけでなく、孤立した島の暮らしの厳しさと重なっていたと考えられます。
久部良割の伝承は、こうした時代背景の中で語り継がれてきました。
「税を減らすために妊婦を飛ばした」とだけ言うと不正確
久部良割の話は、よく「人頭税を減らすために妊婦を飛ばした」と説明されます。たしかに、伝承の要点としては分かりやすい表現です。ただし、少し丁寧に見ると、この説明だけでは足りません。
人頭税は、基本的に一定の年齢に達した人に課されるものであり、生まれる前の子どもにすぐ税が課されたわけではありません。それでも妊婦の伝承が残っているのは、単に「税金の人数を減らす」という話ではなく、将来の扶養、食料、労働、貢納、出産のリスクが絡み合っていたからだと考えられます。
当時の離島では、ひとり子どもが生まれることは喜びである一方、食べさせる口が増えることでもありました。やがて成長すれば税の対象にもなります。さらに、妊娠や出産は女性の身体に大きな負担をかけます。医療が十分ではない時代、出産そのものが命がけでした。
久部良割の伝承は、妊婦という存在を通して、命をつなぐことすら社会の圧力にさらされた時代を伝えているのかもしれません。
久部良割は「怖い場所」なのか
検索では「久部良割 怖い」「久部良割 心霊」といった言葉で調べる人もいます。たしかに、妊婦にまつわる伝承を知ると、怖いと感じるのは自然です。深い裂け目の地形そのものにも、ぞっとする迫力があります。
ただ、久部良割を単なる心霊スポットとして扱うのは、少し違います。
ここで向き合いたいのは、怪談の怖さではなく、歴史の怖さです。税制度、貧しさ、孤立、食料不足、女性の身体にかかる負担。そうしたものが重なったとき、人の命がどこまで追い詰められるのか。久部良割は、その問いを突きつけてくる場所です。
観光地として訪れることはできます。しかし、笑い話にしたり、肝試しのように扱ったりする場所ではありません。現地で写真を撮る場合も、伝承の内容を知ったうえで、節度を持って向き合いたいところです。
史実と伝承を分けて考える意味
久部良割を紹介するとき、もっとも注意したいのは「史実」と「伝承」を混ぜすぎないことです。
まず、人頭税が先島諸島で長く続いたことは、歴史的な事実として確認されています。宮古・八重山の人々に重い負担を与えた制度であり、明治時代になってもすぐには廃止されませんでした。最終的に人頭税が廃止されたのは1903年です。
一方で、久部良割で妊婦を飛ばせたという話は、地域に伝わる伝承として語られています。現地の観光情報でも、悲しい歴史を伝える場所として紹介されることがあります。ただし、それが行政制度として記録に残っているのか、どの程度実際に行われたのかについては、断定を避けたほうが誠実です。
では、伝承なら価値が低いのでしょうか。そんなことはありません。
伝承は、記録に残りにくい人々の感情や記憶を運びます。税を取り立てる側の文書には残らなくても、苦しんだ側の記憶は、地名や昔話、祈りの場として残ることがあります。久部良割の話も、与那国島の人々が経験した重圧を伝える器として受け止めることができます。
「本当に妊婦が飛ばされたのか」という一点だけに注目すると、久部良割の意味は狭くなります。むしろ、なぜそのような話が残り、語り継がれてきたのかを考えることで、島の歴史が立体的に見えてきます。
与那国島という土地が伝承を深くする
与那国島は、沖縄本島から遠く離れた日本最西端の島です。石垣島からも距離があり、昔は船での移動が天候に大きく左右されました。現在は飛行機やフェリーで行くことができますが、それでも台風や季節風の影響を受けやすい土地です。
島の西側にある久部良は、海とともに生きてきた集落です。久部良港はカジキ漁で知られ、港周辺には漁村らしい空気が残っています。そこから少し移動した場所に、久部良割があります。
美しい海、強い風、切り立った地形、そして重い伝承。これらが重なることで、久部良割は単なる観光スポットではなく、土地の記憶を感じる場所になっています。
与那国島を訪れる人の多くは、日本最西端の碑や海底地形、与那国馬、ドラマのロケ地などを目的にします。もちろん、それらも与那国の魅力です。しかし、久部良割のような場所を知ると、島の明るい観光イメージの奥にある歴史にも目が向きます。
旅の記憶は、楽しいものだけではありません。少し胸が重くなる場所を歩いた経験が、あとから深く残ることもあります。
久部良割の見学ポイント

久部良割を訪れたら、まずは足元を確認しながら、裂け目の全体を眺めてみてください。地面が鋭く割れたような形状は、写真で見るよりも立体感があります。
見学の際に意識したいポイントは、次の通りです。
1. 裂け目の縁に近づきすぎない
久部良割は深さのある裂け目です。写真を撮ろうとして身を乗り出すと危険です。特にスマートフォンの画面を見ながら歩くと、足元への注意が薄れます。
2. 雨の日や強風の日は無理をしない
与那国島は風が強く吹く日があります。雨で地面が滑りやすいときもあります。天候が悪い日は、無理に裂け目の近くまで行かず、遠くから確認するだけでも十分です。
3. 子ども連れは手を離さない
子どもは裂け目の深さを正確に判断できません。見学する場合は、必ず大人が近くについて、安全な距離を保ちましょう。
4. 伝承の場所として静かに見る
久部良割は、悲しい伝承が残る場所です。観光地ではありますが、肝試しのように騒ぐ場所ではありません。説明板がある場合は、先に読んでから見学すると受け止め方が変わります。
5. 写真は安全な場所から撮る
裂け目の迫力を写そうとして、危険な場所に立つ必要はありません。広角で撮る、少し離れて撮る、説明板と一緒に記録するなど、安全を優先した撮影をおすすめします。
久部良割への行き方
久部良割へ行くには、まず与那国島へ渡る必要があります。与那国島には空港があり、石垣島や那覇方面から航空便が運航されています。また、石垣島からのフェリーもありますが、運航日や時刻は天候や時期によって変わるため、旅行前に最新情報を確認してください。
島内での移動は、レンタカーやレンタバイクが便利です。与那国空港から久部良方面へ向かい、久部良地区を目指します。久部良割は久部良港や西崎方面と組み合わせて回りやすい場所にあります。
観光の所要時間は、久部良割だけなら10〜20分ほどが目安です。ただし、説明を読み、写真を撮り、周囲の雰囲気を味わうなら、少し余裕を見ておくとよいでしょう。
駐車については、大規模な観光駐車場が整っている施設ではないため、現地の案内や道路状況に従ってください。集落や畑の近くでは、通行の妨げになる場所に車を停めないよう注意が必要です。
久部良割と一緒に訪れたい周辺スポット
久部良割は、与那国島西部の観光と組み合わせると回りやすい場所です。
西崎・日本最西端の碑
与那国島観光の定番です。日本最西端の地として知られ、夕日の名所でもあります。久部良割からも比較的近く、同じエリアで回る人が多いスポットです。
久部良港
カジキ漁で知られる港です。漁港らしい雰囲気があり、与那国の暮らしを感じられます。久部良割の伝承を知ったあとに港を歩くと、島の生活と海の近さが実感できます。
ナーマ浜
久部良地区に近い浜です。海の色が美しく、天気がよい日はのんびり過ごせます。ただし、海況によっては波や流れがあるため、遊泳する場合は現地の注意表示を確認してください。
ティンダバナ
与那国島の集落や海を見渡せる景勝地です。自然地形と歴史伝承が重なる場所で、久部良割とは違った角度から与那国の地形を感じられます。
比川集落方面
ドラマのロケ地として知られる診療所のセットがあるエリアです。久部良割の重い歴史に触れたあと、島の穏やかな風景を見ながら移動すると、与那国島の多面性が見えてきます。
久部良割と「人升田」の関係
久部良割を調べていると、「人升田」または「人枡田」という言葉に出会うことがあります。これも与那国島に伝わる人頭税関連の伝承地として語られることがあります。
久部良割が妊婦にまつわる伝承として知られるのに対し、人升田は人口調整や口減らしに関する伝承と結びつけて紹介されることがあります。どちらも、人頭税の重圧や島の暮らしの厳しさを伝える場所として扱われてきました。
ただし、こちらも久部良割と同じく、伝承としての側面を慎重に見る必要があります。観光記事で紹介する場合は、刺激的な内容だけを切り取るのではなく、「人頭税という制度が、島の人々にどのような記憶を残したのか」という文脈で触れると、読者に誤解を与えにくくなります。
久部良割を訪れる前に知っておきたいマナー
久部良割は、観光で立ち寄れる場所であると同時に、悲しい伝承が残る場所です。訪れる際は、次のような点を意識するとよいでしょう。
まず、現地で大声を出したり、ふざけたポーズで写真を撮ったりするのは控えたいところです。もちろん、必ず厳粛に黙とうしなければならないという意味ではありません。ただ、ここに伝わる話を知ったうえで、軽く扱わない姿勢が大切です。
また、ゴミを置いて帰らないこと、草地や畑に勝手に入らないこと、地元の人の生活道路をふさがないことも基本です。与那国島は観光地である前に、人が暮らす島です。小さな島では、観光客の行動が目立ちやすく、地域への影響も大きくなります。
ドローン撮影を考えている場合は、航空法や自治体、土地管理者のルールを事前に確認してください。与那国島には空港もあり、場所によっては飛行に制限がかかる可能性があります。
久部良割は短時間でも印象に残る場所
久部良割の見学時間は長くありません。人によっては、車を降りて10分ほどで見終わるかもしれません。けれど、短時間で通り過ぎられる場所だからこそ、事前に背景を知っておく意味があります。
何も知らずに行けば、「地面に大きな割れ目がある場所」で終わってしまいます。ところが、人頭税の歴史や妊婦伝承を知ってから立つと、同じ景色がまったく違って見えます。
与那国島の風は強く、海は美しく、空は広い。その明るい風景の中に、久部良割のような暗い記憶が残っていることに、旅人は少し戸惑うかもしれません。しかし、その戸惑いこそが、歴史ある土地を訪れる意味でもあります。
観光は、きれいなものだけを見る行為ではありません。土地の喜び、苦しみ、暮らし、祈りに触れることでもあります。久部良割は、そのことを静かに教えてくれる場所です。
よくある質問
久部良割の読み方は?
「くぶらばり」と読みます。「久部良バリ」と表記されることもあります。
久部良割は心霊スポットですか?
心霊スポットとして紹介されることもありますが、本来は人頭税にまつわる伝承地として知られる場所です。怪談として楽しむより、歴史や地域の記憶を知る場所として訪れるのがよいでしょう。
久部良割で本当に妊婦が飛ばされたのですか?
妊婦に裂け目を飛び越えさせたという話は、地域に伝わる伝承として紹介されています。一方で、制度としてどの程度行われたのか、具体的な人数がどれほどだったのかについては、断定を避ける必要があります。人頭税が先島諸島で長く続いたことは史実です。
久部良割の見学に料金はかかりますか?
屋外の歴史伝承スポットとして案内されることが多く、一般的な有料施設とは異なります。ただし、現地の整備状況や立ち入り条件は変わる場合があります。旅行前に与那国町や観光協会などの最新情報を確認してください。
久部良割の所要時間は?
見学だけなら10〜20分ほどが目安です。写真撮影や説明板の確認、周辺スポットと合わせる場合は、余裕を持った行程にすると安心です。
子ども連れでも行けますか?
行くことはできますが、深い裂け目があるため注意が必要です。子どもが走ったり、縁に近づいたりしないよう、大人が必ずそばについてください。
まとめ|久部良割は与那国島の歴史を考える入口
久部良割は、与那国島の久部良地区にある岩の裂け目です。読み方は「くぶらばり」。久部良バリとも表記されます。
この場所が多くの人に知られているのは、先島諸島で長く続いた人頭税と、妊婦にまつわる悲しい伝承が残っているためです。人頭税が宮古・八重山の人々に重い負担を与えたことは史実です。一方、久部良割で語られる妊婦の話は、地域に伝わる伝承として丁寧に扱う必要があります。
久部良割は、明るく美しい与那国島の中に残る、重い記憶の場所です。怖い話として見るのではなく、島の人々がどのような時代を生きたのかを考える手がかりとして訪れると、旅の印象はより深くなります。
日本最西端の碑や久部良港を巡る途中に、少し時間を取って立ち寄ってみてください。足元の裂け目を前にしたとき、与那国島の風景は、きっとそれまでとは違って見えるはずです。






